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          【日産】

              【サニー】

   

          初代 B10型系(1966年 - 1970年)
      B10Sunny4d.jpg


        2代目 B110型系(1970年 - 1973年)

      Datsun KB110.jpg

        3代目 B210型系(1973年 - 1977年)
      B210sunny.jpg

        4代目 B310型系(1977年 - 1983年)
      Datsun Sunny 140Y 1980.jpg

        5代目 B11型系(1981年 - 1985年)
      Nissan Sunny Sedan 1982.jpg

        6代目 B12型系(1985年 - 1990年)
      Nissan Sunny 1987.JPG

       7代目 B13型系(1990年 - 1993年)
      NISSAN Sunny B13.jpg

       8代目 B14型系(1993年 - 1999年)
      Nissan Sunny 1997.JPG

       9代目 B15型系(1998年 - 2006年)
      Nissan Sunny 2002.JPG


1960年代初頭、日産自動車では「ダットサン・110/210型系」の堅調な人気を反映し、その後継となる1000cc-1200cc級の小型乗用車、初代「ブルーバード」310型系が大成功を収め、続く2代目モデルの410型系はスタイリングが市場の不評を買ったものの、小型車市場での地歩を確実に固めつつあった。しかし、410型系ブルーバードが1200cc以上を主力とするモデルに移行したため、日産には、それより若干小型で700cc-1000cc級のベーシックカーが空位となった。当時最大のライバルであったトヨタ自動車は、700cc級の「パブリカ」をエントリーモデルとして市場に送り出し、一定の成果を収めつつあり、その他の中堅メーカー各社も、700cc-1000cc級の小型車で市場参入を進めていた。日産社内ではこれを危惧し、ダットサンの小型モデルを開発しようとする動きがあったが、当時の日産自動車社長であった川又克二[1]は、ブルーバードと同志討ちになりかねないエントリーモデルの開発には当初消極的で、「お金のない方はブルーバードの中古をお買いになればよろしい。」と評する始末であった。開発陣は商用車開発などの名目で川又社長を説き伏せ、ようやく小型ベーシックカーの開発にこぎ着けた。サニーが大成功したことで、川又も部下たちに対し「(サニーの開発を)やっておいて良かったな」と反省の弁を残している。

サニーは日産の最小排気量クラスを担う主力車種として、高度経済成長期からバブル経済期までのベストセラーカーとなった。日本の大衆車の中でもトヨタ・カローラと双璧をなす存在で、その最盛期には「CS戦争」ともいわれる、販売台数の熾烈な争いを繰り広げたことで知られる。 ボディタイプは2ドアセダンからスタートし、4ドアセダン、2ドアクーペ、3ドアクーペ、ピックアップトラック、2ドアライトバン、4ドアライトバン、ステーションワゴン(カリフォルニア)、3ドアハッチバックなどのバリエーションが存在した。ライバルのカローラ同様に実用性と経済性、信頼性に優れた大衆車として市場の定評を長い間保っていた。しかし1990年代中期以降、日産車全体のシェア低迷とセダン離れ、ユーザー層の高齢化などから、市場での存在感も次第に希薄となり、2004年、日本国内での当ブランドの消滅を迎えた。

   


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